直行しカフェでのんびりするサラリーマン

直行しカフェでのんびりするサラリーマン サラリーマンについて

取引先へ直行する日は、取引先との約束が10:00くらいである。

いつもと同じ時間に家を出ると到着が早すぎてしまう。

かといって、家でもう少しゆっくりしようとはあまり思わない。

いつもの時間に起きて、いつもの時間に家を出る。

もう体がそういうリズムになってしまっているのかもしれない。

その為、取引先の近くのカフェで時間を過ごすことになる。

普段なら会社へ向かう時間に、コーヒーを飲みながらゆっくりしている。

仕事なのに、少しだけ得をしたような気分になる。

そんな朝は、サラリーマンをやっているとたまに訪れる小さなご褒美のような時間である。

時間を潰すという言葉

カフェで過ごすことを、よく時間を潰すと言う。

でも、この言葉は少し不思議だ。

時間は有限だというのに、潰すという表現を使う。

本当に潰してしまっていいものなのだろうか。

もちろん何もしない時間が悪いわけではない。

ぼーっとする時間も人には必要だと思う。

ただ、せっかくできた1時間。

私はできるだけダラダラ過ごさないようにしている。

いつもと違うルーティーンになるため、何をしていいかわからない人もいるかもしれない。

YouTubeを見たり、ネットサーフィンをしたりして、自分自身のインプットをする人もいる。

会社の資料を作ったり、メールを返したり、仕事の準備をする人もいる。

資格の勉強をする人もいるだろう。

本を読む人もいる。

そして、自分自身の活動のためにアウトプットをする人もいると思う。

真面目な人は会社の仕事のために時間を使うのだろう。

私はせっかくできた時間なので、自分自身のためにも使いたいと思っている。

会社の仕事だけをして終わるのは少しもったいない気がしてしまう。

カフェでの周りの人の行動

朝のカフェは意外と静かである。

周りを見渡すと、本当にいろいろな人がいる。

スマホのゲームをしているおじさん。

読書をしているおじさん。

パソコンを開いて仕事をしている人。

勉強をしている学生。

スマホをぼーっと見ている学生。

新聞を読んでいる人もいた。

みんな何かしらの時間を過ごしている。

時間を潰すために来ているのか。

何か作業をするために来ているのか。

待ち合わせまでの時間なのか。

それは本人しかわからない。

朝だからか、話し声も少ない。

今日行ったカフェはグループで来ている人はほとんどおらず、みんなぼっちだった。

それぞれが、それぞれの時間を過ごしている。

そんな空間は意外と心地良い。

会社では常に誰かと話したり、電話が鳴ったり、メールが届いたりする。

でもカフェでは、それぞれが自分だけの時間を持っている。

その空気感が私は好きなのかもしれない。

人間観察で見えないもの

カフェに来ている人を眺めていると、いろいろ想像してしまう。

この人はお金持ちなのだろうか。

それとも私と同じような普通のサラリーマンなのだろうか。

どんな会社に所属しているのだろう。

どんな学校へ通っているのだろう。

何歳なのだろう。

結婚しているのだろうか。

子どもはいるのだろうか。

でも、結局は何もわからない。

サスペンダーを少しだらしなく付けているおっちゃんもいた。

でもズボンは少しおしゃれだった。

もしかしたらお金持ちなのかもしれない。

私よりずっと良い生活を送っている人かもしれない。

逆に大変な毎日を送っている人なのかもしれない。

見た目だけでは何もわからない。

会社へ行けば役職や肩書きがある。

でもカフェでは、みんなただのお客さんである。

社長も部長も新入社員も学生も、同じようにコーヒーを飲んでいる。

そう考えると少し面白い。

人生そのものは見えない。

でも、いろいろな人生を勝手に想像できる場所でもある。

カフェで1時間過ごした

私は1時間ほどカフェで過ごした。

ふと周りを見ると、私が入店した時からいる人がまだ何人もいた。

半分くらいの人は、そのまま居続けていた。

次の予定はないのであろうか。

カフェへ来ること自体が目的なのであろうか。

人によって時間の使い方は様々である。

私は時間があると、何かやらなければと思ってしまう。

これは貧乏性なのかもしれない。

何か積み上げないともったいない。

そんなことばかり考えてしまう。

逆に何もしない時間を楽しめる人は少し羨ましくもある。

私もたまには何も考えず、コーヒーだけを楽しめばいいのかもしれない。

でも結局パソコンを開いてしまう。

長年の癖なのだろう。

この1時間で記事を書いた

私はこの1時間でこの記事を書いた。

記事を書いたところで、何かがすぐ変わるわけではない。

収入が増えるわけでもない。

会社で評価されるわけでもない。

誰かに褒められるわけでもない。

でも、それでいいと思っている。

毎日少しずつ積み重ねることに意味があると思っている。

今日の記事を読んでくれる人が一人でもいたらうれしい。

「こんなサラリーマンもいるんだな。」

そう思ってもらえたら十分である。

サラリーマンをやっていると、自分のためだけに使える時間は意外と少ない。

だからこそ、こうしてたまたまできた1時間を大切にしたい。

何年後かに振り返った時、この積み重ねが何かにつながっているかもしれない。

つながらないかもしれない。

それでもやらなかった後悔より、やった後悔の方が私は好きである。

今日も取引先へ向かう前のカフェで、コーヒーを飲みながら記事を書いた。

また次に直行する日があれば、きっと私は同じようにカフェへ入り、パソコンを開いて何かを書いているのだと思う。

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