子どもの頃、大人になれば自然と字はキレイになるものだと思っていました。
しかし、40代になった今でも、私の字は相変わらずです。
学生時代には親から何度も、
「もっと字を綺麗に書きなさい」
と言われてきました。
それでも私は、どこかで
「字が汚くても、自分の時代は来る」
と思っていました。
そして今、その予感は少し当たっていたのかもしれません。
サラリーマンも時代の進化に助けられている
今の時代はパソコンやスマートフォンがあります。
手書きで長文を書く機会は昔よりも圧倒的に減りました。
メールもチャットもパソコンで入力できます。
字があまり上手でなくても、相手に読みやすい文章を届けられる時代です。
さらにAIの登場で、文章作成のハードルはもっと下がりました。
思いついたキーワードや伝えたい気持ちを入力するだけで、読みやすく整った文章にしてくれます。
昔なら文章力が必要だったことも、今ではAIがサポートしてくれます。
もちろん最後は自分の考えや経験が大切ですが、伝える手段は確実に進化しています。
小学生の作文は今思うとすごい
小学生の頃は原稿用紙に作文を書いていました。
当時は読書感想文があまり好きではありませんでした。
それでも毎年、何枚もの原稿用紙に向かって文章を書いていました。
今考えると、あれはかなり高度な作業です。
一度書いてしまうと、パソコンのように文章を簡単に入れ替えたり、コピーしたり、貼り付けたりはできません。
書き間違えれば消しゴムで消し、ひどい時には最初から書き直しです。
おそらく当時は文章構成など深く考えず、その瞬間に思ったことを書き続けていたのでしょう。
それでも、作文を書く経験は無駄ではありませんでした。
ブログを書いている今でも、「自分の考えを文章にする」という土台になっている気がします。
サラリーマンになっても字だけは変わらなかった
子どもの頃は、
「大人になれば自然と字は上手になる」
と思っていました。
しかし現実は違いました。
何十年経っても、書く文字はほとんど変わっていません。
癖はそのまま。
バランスもそのまま。
大人になったからといって、自動的に字が上達するわけではありませんでした。
やはり上手な字を書く人は、練習を積み重ねているのだと思います。
手書きだからこそ恥ずかしくなる瞬間
普段はパソコンばかり使っているため、字を書く機会はそれほど多くありません。
それでも手書きが必要になる場面があります。
結婚式やお葬式で香典袋やご祝儀袋に名前を書く時。
受付で参列者名簿に記入する時。
そんな時、自分の番になると少し緊張します。
周りの人が達筆だと、なおさら自分の字が目立ってしまう気がします。
「もう少し綺麗に書けたらな」
そう思う瞬間です。
字が上手な人を見ると、素直に羨ましいと思います。
サラリーマンに必要なのは伝える力
字が綺麗なのは素晴らしいことです。
読みやすい字は相手への思いやりでもあります。
しかし、今の時代は字の綺麗さだけが評価される時代ではありません。
パソコンやスマートフォン、そしてAIの力を借りながら、自分の考えを正しく伝えられることの方が重要になっています。
私自身、字は今でも決して綺麗ではありません。
文章も得意だったわけではありません。
それでもブログを書き続け、AIを活用しながら、自分の思いや経験を発信できています。
完璧でなくても、挑戦することはできます。
もし字が苦手だから、文章が苦手だからと発信をためらっている人がいるなら、今はその壁を乗り越えられる時代です。
苦手なことを気にして何もしないよりも、便利な道具を使って一歩踏み出す。
それが今の時代の強みではないでしょうか。



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