貧乏サラリーマンとは、三菱貧乏サラリーマンの健太郎のことです。
私は貧乏サラリーマンを代表できる人間だと思っています。
三菱という名前がついていると、立派な会社に勤めていて、それなりに良い生活をしているサラリーマンだと思う人もいるかもしれません。
しかし、現実はまったく違います。
住宅ローンを抱え、古い車に乗り、売れ残っていた犬を可愛がり、休日の趣味は散歩。
お金を使わない生活を心がけていますが、決してお金に余裕があるわけではありません。
そして、貧乏なのは財布の中身だけではありません。
私の場合、心まで貧乏なのです。
会社では断りたい仕事を断れず、誰かがやらなければ困るだろうと思って引き受けてしまう。
自分でも嫌になるくらい、気の弱いサラリーマンです。
今回は、そんな三菱貧乏サラリーマン健太郎の生き方について書いてみたいと思います。
貧乏サラリーマンの生活は意外と質素
私の生活は、世間一般で想像されるような豊かなサラリーマン生活とは少し違います。
まず、住んでいる家は住宅ローンで購入した中古マンションです。
一応、持ち家ということになりますが、住宅ローンはまだまだ残っています。
銀行さんからお金を借りて、銀行さんの家に住ませてもらっているような感覚です。
毎月、住宅ローンを返済するために働いています。
車もビンテージカーです。
ビンテージカーというと、価値のあるクラシックカーを想像するかもしれませんが、単純に古い車です。
新しい車に買い替える余裕もありませんし、まだ走るのであれば乗り続ければよいと思っています。
そして、我が家には犬がいます。
売れ残っていた犬です。
売れ残りというと聞こえは悪いですが、我が家にとっては大切な家族です。
犬からすれば、自分が売れ残っていたことなど知ったことではありません。
毎日元気に過ごしています。
私の趣味は散歩です。
犬と一緒に歩いていれば、それほどお金もかかりません。
お金を使わなくても楽しめることは、案外たくさんあります。
貧乏サラリーマンなりに、生活を楽しんでいるつもりです。
お金がないことより心が貧乏なことが問題
貧乏サラリーマンというと、給料が少ない、貯金がない、生活が苦しいといったイメージがあると思います。
もちろん、お金の問題もあります。
しかし、私が自分自身で一番嫌だと思っているのは、心の弱さです。
会社で仕事を押し付けられても、なかなか断ることができません。
本来、自分がやる必要のない仕事であっても、誰かがやらなければ誰かが困るのだろうと思ってしまいます。
その仕事が会社にとって本当に必要なものなのか。
考えてみると、必要性がよくわからない仕事もあります。
誰かの見栄のため。
誰かの都合のため。
上司へのゴマスリや忖度のため。
会社全体で考えれば、それほど意味がない仕事であっても、社内の人間関係を維持するためには必要な場合があることも理解しています。
だから余計に断れません。
自分が引き受ければ、とりあえず物事は前に進みます。
しかし、引き受けるたびに自分の中には不満が蓄積していきます。
お金だけではなく、心にも余裕がない。
これが私の考える貧乏サラリーマンの姿です。
サラリーマンは仕事ができるほど仕事を押し付けられる
会社で働いていると、不思議な現象が起こります。
仕事をきちんと進める人に、どんどん仕事が集まってくるのです。
本来、その仕事を担当するべき人がいます。
しかし、その人に任せると仕事が前に進まない。
期限までに終わらない。
周囲との調整ができない。
結果として、別の人に仕事が回ってきます。
私の場合、その別の人になることがあります。
別に私が特別優秀なサラリーマンというわけではありません。
ただ、仕事を渡されると案外そつなくこなしてしまいます。
これが自分自身で嫌なところです。
本当はやりたくない。
自分の仕事でもない。
それでも、やれば何とかできてしまう。
すると、次も同じような仕事が回ってきます。
仕事をこなせばこなすほど、自分の仕事が増えていく。
一方で、本来担当するべき人の仕事は減っていく。
何とも不公平な話です。
仕事ができること自体は良いことですが、仕事を引き受け続けることが必ずしも自分のためになるとは限りません。
本来の担当者が何も言わないことへの不満
私が特に不満を感じるのは、本来その仕事をするべき人の態度です。
例えば、仕事がなかなか進まないため、私が代わりに引き受けることになったとします。
そんなときに、
本来は私の仕事なので、私がやります。
そう言ってくれれば、まだ気持ちは違います。
あるいは、代わりに対応してもらって申し訳ないという姿勢があれば、それだけでも救われます。
しかし、仕事が前に進まない人に限って、そのような気遣いができない場合があります。
自分の仕事が他人に回っても、特に気にしていない。
むしろ、仕事が減ってよかったと思っているのではないかと感じることさえあります。
もちろん、本人にも事情があるのかもしれません。
能力的に難しいこともあるでしょう。
しかし、仕事を引き受けた側にも事情があります。
自分の仕事を抱えながら、他人の仕事まで処理しているのです。
せめて、そのことくらいは理解してほしいと思ってしまいます。
気の弱いサラリーマンほど損をするのか
会社では、はっきりと自分の意見を言える人がいます。
できない仕事はできない。
自分の担当ではない仕事は引き受けない。
そのように線引きできる人です。
私は、そういう人を見ると少し羨ましくなります。
私も頭の中では同じように考えています。
しかし、実際に仕事を頼まれると、なかなか断れません。
断ったことで誰かが困るのではないか。
人間関係が悪くなるのではないか。
結局、そんなことを考えてしまいます。
そして、また引き受けてしまう。
仕事を終えた後に、どうして断らなかったのだろうと後悔することもあります。
ただ、何でも断ればよいという話でもありません。
サラリーマンは組織で働いているので、助け合いは必要です。
問題なのは、助け合いが一方通行になってしまうことです。
誰かが困っているから助けることと、誰かが仕事をしないから代わりにやることは違います。
この違いを、もっと意識する必要があるのだと思います。
貧乏サラリーマンが心を強くするために必要なこと
私はいつも、もっと心を強くして生きようと思っています。
しかし、なかなか変われません。
今日こそは余計な仕事を引き受けないようにしようと思っても、翌日にはまた引き受けている。
長年染みついた性格を変えるのは簡単ではありません。
それでも、少しずつ変えていく必要があると思っています。
まずは、仕事を頼まれたときに、その場ですぐ引き受けないことです。
本当に自分がやる必要があるのか。
本来の担当者は誰なのか。
今抱えている仕事より優先する必要があるのか。
一度考えてから返事をするだけでも、状況は変わるかもしれません。
また、引き受ける場合でも、どこまで対応するのかを明確にしておくことが大切です。
全部を自分で抱える必要はありません。
例えば、最初の進め方だけを整理して、その後は本来の担当者に戻す方法もあります。
相手を困らせたいわけではありません。
ただ、自分自身も困りたくないのです。
会社のために働くことは大切ですが、会社のために自分を犠牲にし続ける必要はないと思います。
サラリーマンは貧乏でも楽しく生きられる
私は貧乏サラリーマンです。
住宅ローンもあります。
古い車に乗っています。
売れ残っていた犬と散歩しています。
会社では余計な仕事を引き受けてしまい、家に帰ってから不満を感じることもあります。
それでも、人生がつまらないわけではありません。
お金がなくても楽しめることはあります。
犬と散歩をすることも、家で趣味に没頭することもできます。
お金をたくさん使わなくても、それなりに充実した休日を過ごすことはできます。
ただ、心の貧乏だけは何とかしたいと思っています。
お金がなくても心に余裕がある人は、きっと豊かに生きられるのでしょう。
逆に、お金があっても他人の顔色ばかり気にしていたら、自由に生きることは難しいのかもしれません。
私が目指したいのは、お金持ちのサラリーマンというよりも、自分の意思で行動できるサラリーマンです。
まとめ|貧乏サラリーマン健太郎は今日も会社に向かう
貧乏サラリーマンとは、単純に給料が少ないサラリーマンのことだけではないと思っています。
お金に余裕がない。
時間に余裕がない。
そして、心にも余裕がない。
そんなサラリーマンも少なくないのではないでしょうか。
私もその一人です。
毎日、満員電車に揺られて会社に向かい、必要な仕事も不必要だと思う仕事もこなしています。
誰かの都合で仕事が増えても、結局は引き受けてしまう。
そんな自分が嫌になることもあります。
しかし、これからもずっと同じ生き方を続けたいわけではありません。
少しずつでも、自分の意見を伝えられるようになりたい。
必要のない仕事は、必要がないと言えるようになりたい。
そして、他人の都合だけではなく、自分の人生も大切にできるようになりたいと思っています。
いきなり強い人間になることはできません。
まずは次に余計な仕事を頼まれたとき、すぐに引き受けず、一度考えてみる。
それくらいから始めようと思います。
財布は貧乏でも、心まで貧乏であり続ける必要はありません。
そんなことを考えながら、三菱貧乏サラリーマン健太郎は、明日も会社に向かいます。




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