私は感情が薄いサラリーマンです。
お金だけでなく、感情に対しても貧乏です。
嬉しい、楽しい、美味しい、感動した。
世の中には、こうした感情を豊かに表現できる人がたくさんいます。
しかし、私はどうも苦手です。
別に何も感じていないわけではありません。
ただ、周りの人が大喜びしているような場面でも、そこまで気持ちが盛り上がらないのです。
美味しいものを食べても、それほど感動しない。
スポーツで日本代表が優勝しても、それほど嬉しくならない。
仕事で何かを達成しても、心が大きく動いた記憶があまりありません。
そんな感情の乏しい私ですが、これまでの人生を振り返ると、いくつか心を動かされた経験があります。
今回は、感情が薄いサラリーマンである私が、どんな時に感動したのかを振り返りながら、感情が薄いことは悪いことなのかを考えてみたいと思います。
感情が薄いサラリーマンは何をしても感動しないのか
私は、何かに対して感動するハードルが高いのかもしれません。
例えば、みんなで食事に行った時です。
周りの人が美味しい、美味しいと喜んでいても、私はそこまで美味しいとは感じません。
もちろん、不味いわけではありません。
普通に美味しいのです。
ただ、何度も美味しいと言いたくなるほどではない。
私の中では、美味しいという言葉を使うための基準が高いのかもしれません。
本当に美味しいと感じた時には、自然と美味しいという言葉が出てきます。
逆に、そこまで感動していない時に、周りに合わせて美味しいと言うことがあまりできません。
こうした性格は、食事以外でも同じです。
人が喜んでいることに対して、同じように喜ぶことができない。
感情がないわけではありませんが、感情の動く幅が小さいのだと思います。
人生で本当に美味しいと感動した食べ物
そんな私にも、食べ物で感動した経験があります。
思い出せるものとしては、初めてインドカレーを食べた時、初めてフォアグラを食べた時、そして30代後半になってから居酒屋の庄やで食事をした時です。
インドカレーもフォアグラも、それまで食べたことのない味でした。
初めて経験する美味しさに驚いた記憶があります。
しかし、意外だったのは庄やです。
庄やは学生時代にも何度か利用したことがありました。
当時の私にとっては、お値打ちな価格で飲食できるチェーン店という印象でした。
学生時代は、料理の味をそこまで気にしていなかったのかもしれません。
それから十数年が経ち、30代後半になってランチで庄やを訪れました。
そこで食べたお刺身が美味しかったのです。
しかも、お値打ちな価格です。
こんなに美味しいお刺身を、この金額で食べさせてもらえるのか。
思わず感動しました。
高級料理店でもなく、昔から知っている居酒屋チェーン店で感動したのです。
年齢を重ねて、食べ物に対する価値観が変わったのかもしれません。
値段が高ければ美味しいというわけではない。
期待していなかったところで、期待以上のものに出会う。
私にとっては、そういう瞬間が感動につながるようです。
サラリーマンが居酒屋の挨拶に感動した理由
庄やで感動したのは料理だけではありません。
店員さんの掛け声です。
喜んで!
この前向きな掛け声が、私にはとても印象的でした。
大きな声で、気持ちよく返事をする。
たったそれだけのことですが、非常に素晴らしいと感じました。
私は昔から、挨拶は仕事の基本だと思っています。
会社でも、できるだけ大きめの声で挨拶することを心がけています。
しかし、私の職場は大きな声で挨拶するような雰囲気ではありません。
どちらかというと、惰性で挨拶している感じです。
おはようございます。
お疲れ様です。
言葉は交わしていても、そこに元気があるわけではありません。
私自身も毎日元気いっぱいというわけではありませんが、挨拶くらいはしっかりしたいと思っています。
そんな職場で働いているからこそ、庄やの元気な掛け声が心に響いたのかもしれません。
挨拶ひとつで、その場の雰囲気は変わります。
仕事の能力とは直接関係がないかもしれませんが、相手に気持ちよく過ごしてもらうためには大切なことです。
感情が薄い私でも、こうした人の行動には感動することがあります。
スポーツで日本代表が優勝しても感情が動かない
スポーツに関しても、私はあまり感情が動きません。
特に好きなスポーツもなければ、応援しているチームもありません。
日本代表の選手が世界大会で優勝すると、世の中は大盛り上がりします。
テレビでもニュースでも、その話題でいっぱいになります。
選手が涙を流し、応援している人たちも涙を流す。
素晴らしいことだと思います。
しかし、私はそこまで喜ぶことができません。
もちろん、日本代表の選手が活躍することは良いことだと思っています。
ただ、自分自身の感情が大きく動くことはありません。
スポーツに熱中できる人を見ると、少し羨ましくなることもあります。
好きなチームが勝っただけで、その日一日が楽しくなる。
そんな楽しみ方ができるのは、人生にとって良いことだと思います。
私はそうした楽しみが少ない分、少し損をしているのかもしれません。
サラリーマン生活で心が大きく動いた出来事
仕事に関しても、感動した経験はあまり記憶にありません。
20年以上サラリーマンを続けているので、いろいろな仕事を経験してきました。
しかし、仕事をやり遂げて涙が出るほど嬉しかったという経験は思い出せません。
そんな中でも、強く記憶に残っている出来事があります。
入社して数年目の頃です。
自分では仕事をやっているつもりでした。
しかし、周りの人から直接言われました。
全然やっていない。
これは結構ショックでした。
自分では頑張っているつもりなのに、周りからはそう見えていなかったのです。
当時の私は、今以上に弱々しい性格でした。
何をするにも時間がかかり、自分から積極的に行動することも得意ではありませんでした。
そんな自分に対して、全然やっていないという評価が下されたのです。
さすがに気持ちが落ち込みました。
しかし、その出来事をきっかけに、翌日からがむしゃらに仕事をするようになりました。
とにかく行動する。
自分から仕事を見つける。
周りから仕事をしていないと思われないようにする。
そんなことを意識して働きました。
その結果、全然やっていないという評価は少しずつなくなっていきました。
今振り返ると、あの時の言葉は自分を変えるきっかけだったと思います。
嬉しい感情ではありませんでしたが、確実に心が動いた出来事でした。
感情が薄くても悔しさは行動する力になる
サラリーマン生活では、褒められることもあれば、厳しいことを言われることもあります。
私は褒められても、そこまで大きく喜ぶタイプではありません。
しかし、否定された時の悔しさは記憶に残っています。
全然やっていないと言われた時もそうでした。
落ち込んだだけで終わっていたら、何も変わらなかったと思います。
しかし、翌日から行動を変えたことで、周りからの評価も少しずつ変わりました。
感情が薄いからといって、何も感じないわけではありません。
むしろ、普段あまり感情が動かないからこそ、強く心を動かされた出来事が記憶に残るのかもしれません。
悔しいと思ったら、少しでも行動を変えてみる。
サラリーマンとして成長するためには、感情を表現すること以上に、その感情をどう行動につなげるかが大切だと思います。
Googleアドセンス合格で久しぶりに嬉しいと感じた
仕事以外で心が大きく動いた出来事もあります。
Googleアドセンスに合格した時です。
私はサラリーマンとして会社から給料をいただきながら、ブログも運営しています。
会社からの給料だけに依存しない生活を目指しているからです。
ブログを始めた頃は、記事を書いてもなかなかアクセスが集まりませんでした。
そもそも、自分の書いた文章がお金になるのかもわかりません。
そんな中でGoogleアドセンスの審査に合格しました。
これは本当に嬉しかったです。
会社以外でお金を稼ぐための糸口をつかんだ。
そんな気持ちになりました。
もちろん、アドセンスに合格しただけで大きな収入が得られるわけではありません。
実際、ブログの収益はまだまだ少ない状況です。
それでも、自分の力で収入を得られる可能性が生まれたことに、大きな喜びを感じました。
会社の仕事では、何かを達成してもここまで嬉しいと思うことはあまりありません。
しかし、自分で始めたことが少しずつ形になっていくと、自然と嬉しくなります。
この経験から、自分の感情が動く条件が少しわかった気がしました。
サラリーマンが感情を動かすために必要なこと
これまでの経験を振り返ると、私が感動した出来事には共通点があるように思います。
それは、自分の予想や期待を超えた時です。
初めて食べたインドカレーやフォアグラ。
昔から知っている庄やで食べた美味しいお刺身。
店員さんの元気な掛け声。
全然やっていないと言われてから変わった仕事への取り組み方。
そして、Googleアドセンスへの合格。
どれも、自分にとって何かしらの発見や変化があった出来事です。
逆に、日常的に繰り返していることでは、あまり感情が動きません。
サラリーマン生活は、どうしても同じことの繰り返しになりがちです。
同じ時間に起きて、同じ電車に乗り、同じ職場へ向かう。
仕事をして、帰宅して、寝る。
この生活の中で感動する機会を見つけるのは、なかなか難しいものです。
だからこそ、普段やらないことに挑戦するのも良いのかもしれません。
新しい食べ物を食べてみる。
行ったことのない場所へ行ってみる。
新しい趣味を始めてみる。
会社以外で何かを作ってみる。
大きな挑戦である必要はありません。
いつもと少し違うことをするだけでも、新しい発見につながる可能性があります。
感情が薄いサラリーマンでも人生を楽しめる
私は感情が薄いサラリーマンです。
周りの人ほど喜んだり、感動したりすることがありません。
感情に対しても貧乏なのです。
しかし、今回自分の人生を振り返ってみると、まったく感動していないわけではありませんでした。
感動する回数が少ないだけで、心が動いた出来事はしっかり記憶に残っています。
そして、その多くは自分の価値観が変わった時や、新しいことに挑戦した時でした。
無理に周りに合わせて感動する必要はないと思います。
人によって、嬉しいと感じることも、感動することも違います。
大切なのは、自分が何に心を動かされるのかを知ることではないでしょうか。
私の場合は、仕事で褒められることよりも、自分で始めたブログが収益につながる可能性を感じた時の方が嬉しかったのです。
それならば、今後もブログを育てていくことが、自分にとっての楽しみになるのかもしれません。
感情が薄いから人生がつまらないというわけではありません。
まだ、自分が感動する出来事に出会えていないだけかもしれません。
貧乏サラリーマンの私ですが、これからもいろいろなことに挑戦して、少しずつ感動できる経験を増やしていきたいと思います。
お金はなかなか増えませんが、せめて感動する経験くらいは増やしていきたいものです。


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