サラリーマンは「俺・僕・私」をどう使い分ける?一人称で変わる人間関係

俺・僕・私を使い分けるサラリーマン サラリーマンについて

自分のことを何と呼んでいますか。

俺。

僕。

私。

そして、家ではとうちゃん。

私は話をする相手や所属するグループによって、自分の呼び方が変わります。

意識して使い分けている部分もありますが、長年の人間関係の中で自然と決まってしまった部分もあります。

考えてみると、一人称にはその人との距離感や上下関係がかなり表れている気がします。

サラリーマン生活が長くなればなるほど、人間関係も増えていきます。

同期、後輩、先輩、上司、お客さん。

さらに家に帰れば、夫であり、とうちゃんでもあります。

そんな環境の中で、私は俺、僕、私、とうちゃんを使い分けています。


同期や後輩には「俺」を使うサラリーマン

同期や後輩など、仲の良い人と話をするときは俺を使います。

俺、この前さ。

俺もそう思う。

そんな感じです。

ただ、私は普段から俺を使う場面がそれほど多くありません。

そのため、自分で俺と言いながら、たまに少し違和感があります。

俺という一人称には、対等な関係や少しくだけた関係を感じます。

同期であれば同じ時期に会社へ入り、長い時間を一緒に過ごしてきた仲間です。

後輩でも、長く一緒に仕事をして仲良くなれば俺になっていきます。

逆に、まだ距離のある後輩にいきなり俺と言うと、少し偉そうに聞こえる可能性もあります。

一人称は単なる自分の呼び方ではなく、相手との距離を表す言葉なのかもしれません。


先輩の前では「僕」になる

仲の良い先輩と話をするとき、私は僕を使います。

僕はこう思います。

僕もやってみます。

若い頃からずっと使ってきたので、自然に出てきます。

しかし40代になってくると、少し気になるようになりました。

いい親父が僕と言っている。

自分の中では、そこに少し幼い印象を感じてしまうのです。

そろそろ私に変えたほうがいいのかなと思うこともあります。

ところが、なかなか変えられません。

長年僕で話してきた先輩に、ある日突然、

私はそう思います。

と言い始めると、なんだか急に距離ができたような気がするからです。


サラリーマンの「僕」には上下関係が隠れている気がする

なぜ先輩の前では僕になるのか。

自分なりに考えてみると、

あなたより私は下ですよ。

という感覚がどこかにあるのだと思います。

俺だと対等な感じがする。

私だと少し距離を感じる。

僕だと、親しみがありながら少し下がっている感じがする。

だから、仲の良い先輩との関係では僕がちょうどいいのです。

これは会社員生活の中で身につけた処世術なのかもしれません。

サラリーマンは役職だけで人間関係が決まるわけではありません。

入社年次や年齢、過去の部署、仕事での関係性など、いろいろなものが絡み合っています。

その複雑な関係を、無意識のうちに一人称で調整している気がします。


同期と先輩が一緒にいると問題が発生する

ここで困ったことが起こります。

同期と先輩が同じ場所にいるときです。

同期に話しかける。

俺もそう思う。

次に先輩から話しかけられる。

僕はこう思います。

数秒前まで俺だった人間が、突然僕になります。

自分でも不自然だと思います。

しかも会話の途中で相手が変わるたびに、

俺。

僕。

俺。

僕。

と切り替わります。

もはや頭の中に一人称切り替えスイッチがあるような状態です。

おそらく周囲はそれほど気にしていないのでしょう。

しかし、自分では気になります。


サラリーマンの仕事では基本的に「私」を使う

仕事上の正式な会話や対外的な場面では、基本的に私を使います。

会議。

商談。

取引先との会話。

あまり親しくない社内の人との会話。

こうした場面では私が一番使いやすいです。

年齢や役職にも左右されにくく、仕事では無難な一人称だと思います。

ただ、俺、僕、私を使い分けている私には、私という言葉に少し特殊な感覚があります。

私を使うと、

ここからは仕事ですよ。

というスイッチが入ります。

同時に、相手との間に一本の線を引いているような感覚もあります。

あなたとは仕事上の関係です。

そんな距離感を、自分の中では感じてしまうのです。


一人称だけでサラリーマンの人間関係が見えてくる

こうして並べてみると、自分の一人称にはかなり明確なルールがあります。

同期や後輩には俺。

仲の良い先輩には僕。

仕事上の正式な場面では私。

別に誰かから教えられたわけではありません。

サラリーマン生活を続ける中で、自然とこの形になりました。

会社には目には見えない人間関係があります。

同じ役職でも同期なら俺。

役職が下でも昔の先輩なら僕。

取引先なら私。

名刺には書かれていない関係性が、一人称には出てきます。

一人称を観察すると、その人が相手との関係をどう捉えているのか、少しだけ見えてくるのかもしれません。


家に帰ると「とうちゃん」になる

会社では俺、僕、私を使い分けていますが、家に帰ると別の一人称になります。

とうちゃんです。

子供と話しているとき、自分のことをとうちゃんと言います。

とうちゃんがやるよ。

とうちゃんも行くよ。

この呼び方は結構気に入っています。

会社では相手との上下関係や距離を考えながら一人称を変えています。

しかし家では、そんなことを考える必要がありません。

ただのとうちゃんです。

子供とは仲の良い存在でいたいという思いもあります。

そして、私がとうちゃんという呼び方を好きなのには、もう一つ理由があります。

クレヨンしんちゃんの野原ひろしです。

昔から、野原ひろしのようなとうちゃんに少し憧れがありました。

会社ではサラリーマンとして働き、家に帰れば家族と過ごす。

完璧ではない。

カッコ悪いところもある。

それでも家族のことを大切にする。

そんなとうちゃんは、今でもいいなと思います。


サラリーマンも自分の一人称を観察してみると面白い

普段、自分が俺と言っているのか、僕と言っているのか、私と言っているのか。

そんなことを深く考える人は少ないと思います。

しかし、一度意識してみると結構面白いです。

誰の前で俺になるのか。

誰の前で僕になるのか。

誰の前で私になるのか。

そこには、自分がその人との関係をどう感じているのかが表れている気がします。

そして年齢を重ねれば、その一人称にも違和感が出てきます。

私も40代になり、先輩に使っている僕をそろそろ私に変えようかなと思っています。

でも20年以上かけてできた人間関係の中で使ってきた言葉は、そう簡単には変えられません。

結局、明日も先輩の前では、

僕はですね。

と言っている気がします。


あなたは会社で自分のことを何と呼んでいますか

俺。

僕。

私。

自分。

自分の名前を使う人もいるかもしれません。

そして家に帰れば、パパ、お父さん、とうちゃんなど、また別の一人称になる人もいるでしょう。

一人称なんて小さなことです。

でも、その小さな言葉の中に、自分が何十年もかけて作ってきた人間関係が詰まっているような気がします。

明日会社に行ったら、少しだけ自分の一人称を意識してみてください。

普段何気なく使っている俺、僕、私から、自分と周囲の人との距離感が見えてくるかもしれません。

皆さんは、どんなふうに自分のことを呼んでいますか。

そして相手によって、一人称を使い分けていますか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました