会社で仕事をしていると、
これ、どう考えてもこっちの方がいいだろう。
と思うことがあります。
でも、そう思ったからといって、その通りにできるとは限りません。
むしろサラリーマン生活が長くなるほど、
正しいと思っていても変えられない。
変えた方が効率がいいのに変えられない。
そんな場面が増えてきた気がします。
最近も仕事で、ある社内システムに関わることになりました。
もともとは別の部署が中心になって作ったシステムです。
ところが、そのシステムの管理や社内での活用を、私のいる部署が引き継ぐことになりました。
ここから、なかなか大変な話が始まりました。
自分ならこう作るのにと思ってしまう
引き継いだシステムを見て最初に思ったのが、
自分ならこうは作らないな。
ということでした。
もちろん、システムを作った人には、その人なりの考えがあったのだと思います。
作った当時の事情もあるでしょう。
私が知らない要望があったのかもしれません。
なので、単純に良い悪いで判断することはできません。
それでも、これから管理する側の立場で見ると気になるところがたくさんあります。
構成が複雑だったり、変更すると別のところに影響が出そうだったり、利用する人にとって分かりにくかったり。
そして何より、
今後これを自分たちで面倒見ていくのか。
と考えると気持ちが重くなります。
システムは作って終わりではありません。
使う人が増えれば質問も増えます。
変更してほしいという要望も出ます。
トラブルが起きれば対応しなければなりません。
最初は小さな仕事に見えても、数年後には結構な仕事量になっていることがあります。
だからこそ、できるだけシンプルにしておきたい。
私はそう考えます。
もっと簡単にできるのに、すぐには変えられない
だったら使いやすいものに作り直せばいい。
外から見れば簡単な話です。
実際、もっとシンプルな形にすること自体はできます。
問題はそこではありません。
会社には人がいます。
以前の仕組みを作った人がいます。
その人が時間をかけて考えて作ったものを、
これ使いづらいので全部やめます。
なんて簡単には言えません。
技術的には新しいものへ切り替えられても、人間関係までボタン一つで切り替えることはできません。
ここがサラリーマンの難しいところです。
効率だけ考えればA。
でも人間関係を考えるとB。
将来を考えればA。
でも今までやってきた人への配慮を考えるとB。
そんなことを考えているうちに、結局AとBの間くらいに着地する。
会社ではよくあります。
会社の仕事には忖度という見えない工程がある
仕事の手順書には書かれていませんが、会社の仕事には忖度という工程があります。
誰に先に話を通すか。
誰の顔を立てるか。
どういう言い方なら角が立たないか。
誰が言い出したことなのか。
過去に誰が担当していたのか。
こういうことを考えながら仕事を進めます。
若い頃は、
良いものなら良いと言えばいいじゃん。
と思っていました。
でも会社では、それだけでは動かないことがあります。
正論を真正面からぶつけた結果、話が余計にややこしくなることもあります。
だから一度、
この人には先に説明しておこう。
ここは否定する言い方をやめておこう。
この部分は以前の考え方を残しておこう。
などと考える。
そうやって調整しているうちに、本来の仕事とは違うところで時間を使います。
これも仕事と言えば仕事なのでしょう。
でも、疲れます。
効率化するための仕事で忙しくなることもある
さらに難しいのが、会社では効率化しようとして仕事が増えることがあることです。
新しいシステムを導入する。
業務をデジタル化する。
社内で活用を進める。
言葉だけ聞くと、とても良いことに聞こえます。
でも、実際にやる側には仕事が発生します。
利用方法を考える。
説明する。
マニュアルを作る。
質問に答える。
不具合を確認する。
改善する。
要望を聞く。
関係部署と調整する。
しかも、それまでやっていた仕事がなくなるとは限りません。
通常業務をやりながら、
効率化もよろしく。
となります。
効率化するために残業している。
そんな不思議なことが会社では普通に起こります。
上から見る景色と現場から見る景色は違う
さらに上の立場から、
もっと社内で活用しよう。
と言われることもあります。
言っていること自体は分かります。
せっかく導入したのだから、使わないともったいない。
でも実際に活用を進めるには、誰かが動かなければなりません。
勝手に利用者が増えて、勝手に運用が改善されて、勝手に問い合わせが解決するわけではありません。
活用しようという一言の下には、たくさんの細かい仕事があります。
上から見ると一言。
現場から見ると数十個の作業。
この差は結構大きいです。
そして、その間にいるサラリーマンが、
どうしよう。
となります。
私も今、まさにそんな感じです。
全部を自分の思い通りにしようとすると疲れる
こういう仕事をしていると、だんだんイライラしてきます。
こうした方がいいのに。
なんでこうなっているんだ。
もっと簡単にできるのに。
そう思えば思うほど疲れます。
でも最近は、会社の仕事を100点にしようとすること自体に無理があるのかもしれないと思うようになりました。
自分一人で仕事をしているわけではありません。
過去の経緯があります。
予算があります。
立場があります。
人間関係があります。
偉い人の意見もあります。
自分とは違う考え方の人もいます。
全部を無視して、自分が考える一番良い形にすることはなかなかできません。
だから、
今より少し良くなればいい。
くらいに考えることも必要なのかもしれません。
100点を目指して自分が潰れてしまうより、60点を70点にして次の人に渡す。
それでも十分な改善です。
サラリーマンは正解を出すだけでは仕事が終わらない
会社員を長くやっていると、仕事ができるというのは正解を知っていることだけではないと感じます。
正解が分かっていても、そのまま実行できないことがあります。
関係者に説明して、納得してもらって、時には以前のやり方も残して、少しずつ変えていく。
面倒です。
本当に面倒です。
なんでこんなことまで考えないといけないんだ。
と思うこともあります。
それでも、それが組織で働くということなのかもしれません。
もし今、会社で、
絶対こっちの方がいいのに。
と思いながら、思い通りにならない仕事をしている人がいたら、たぶんあなただけではありません。
私も同じです。
正論だけでは動かない。
効率だけでも決められない。
人間関係も考えなければならない。
そのうえ通常業務は普通にやってくる。
サラリーマンは大変です。
だからこそ、全部を背負わないことも大切だと思います。
変えられるところは変える。
すぐに変えられないところは無理に動かさない。
自分が責任を持てないところまで抱え込まない。
そして少しずつ、自分が仕事をしやすい方向へ持っていく。
華々しい改革ではありません。
でもサラリーマンの改善なんて、案外そんなものなのかもしれません。
明日いきなり会社が変わることはありません。
それでも今日より一つ面倒な作業が減れば、それでいい。
私は今、そう思いながら、気の重いシステムと向き合っています。
こんな思いからサラリーマンを脱出する人もいる
脱出できる勇気がある人がうらやましい。
脱出するとお金が入ってこなくなる。入ってくる道すじがあればいいですが、
大抵の人はお金がただ入ってこなくなるだけである。
サラリーマンが勢いでやめた先の救出窓口でも作りたいものです。
結局組織であれば不満も出て、そこから脱出したいと思う人も出てくることでしょう。
この課題は一生ループし続ける気がします。




コメント