二枚舌三枚舌のサラリーマンは、なぜ最後に信用を失うのか

サラリーマンについて

サラリーマン社会には「話を合わせる人」が多い

会社という場所には、いろいろな人がいる。

上司に強く出る人。
部下にだけ偉そうな人。
外部の人には低姿勢なのに、社内では態度が変わる人。

そして、その中には「相手によって言うことを変える人」もいる。

こちらの部署では、あちらの部署の悪口を言い、
あちらの部署へ行けば、今度はこちら側の悪口を言う。

典型的な二枚舌三枚舌のサラリーマンだ。

最初は、その人はうまく立ち回っているように見える。
どちらのグループにも入り込み、どちらにもいい顔をする。

しかし、その場その場で話を合わせ続ける人間は、最終的に誰からも本音を信用されなくなる。

「あの人、また別の場所では違うこと言ってるんだろうな」

そう思われた時点で、人間関係の信用残高は減り始める。

サラリーマン社会では能力も大事だが、最終的に生き残るのは“信用を失わない人”だったりする。

サラリーマンは「空気」に飲み込まれやすい

サラリーマンは、組織の中で生きている。

そのため、自分の意思だけで動けない場面が多い。

上司の顔色。
部署の空気。
取引先との関係。
飲み会での立ち位置。

そういったものを気にしながら働いているうちに、いつの間にか「本音」を隠す癖がつく。

本当は違うと思っていても、

「まぁ、そうですよね」
「確かにそれはありますね」

と、周囲に合わせる。

それ自体は悪いことではない。
社会人として、ある程度の協調性は必要だ。

ただ、それが行き過ぎると、自分の意思がどこにも存在しなくなる。

どこへ行っても、相手に合わせた言葉しか出てこない。
結果として、「この人は何を考えているかわからない人」になる。

これは非常にもったいない。

なぜなら、サラリーマン社会で本当に信頼される人は、意外と“意見を持っている人”だからだ。

全員に好かれようとする人より、
多少不器用でも、自分の軸を持っている人の方が、長期的には信用される。

二枚舌のサラリーマンが失うもの

二枚舌の人は、短期的には得をする。

場を荒らさない。
敵を作らない。
その場ではうまくやれる。

しかし、その代償として少しずつ失っていくものがある。

それが「信用」だ。

信用は、一度失うと戻らない。

例えば、あなたが悩みを相談した相手が、別の場所でその話をネタにしていたらどう思うだろうか。

もうその人には本音を話さなくなるはずだ。

会社でも同じだ。

「この人には話さないでおこう」
「どうせどこかで話すだろう」

そう思われ始めると、重要な情報が入ってこなくなる。

そして不思議なことに、本人だけはその空気に気づいていない場合が多い。

自分では“うまく立ち回っている”つもりでも、周囲はちゃんと見ている。

人は、言葉よりも「一貫性」を見ている。

誰の前でも大きく態度が変わらない人。
言っていることがブレない人。

そういう人に、自然と人は集まっていく。

サラリーマンが「自分の意思」を持つために必要なこと

とはいえ、現実問題として、会社では本音だけで生きていくことは難しい。

時には空気を読む必要もある。
波風を立てない方がいい場面もある。

だから、「絶対に周囲に合わせるな」とは言わない。

むしろ、大人としての柔軟性は必要だ。

ただ、その中でも最低限、

「自分は本当はどう思っているのか」

これだけは見失わない方がいい。

他人に合わせ続けると、人は疲れる。

なぜなら、“自分じゃない自分”を演じ続けることになるからだ。

サラリーマン生活が長くなるほど、その疲労は積み重なる。

だからこそ、自分の中だけでも軸を持つことが大切だ。

・自分はどんな働き方をしたいのか
・どういう人間でありたいのか
・何を嫌だと思うのか
・何を大切にしたいのか

これを考えるだけでも、言動に少しずつ一貫性が出てくる。

すると、不思議と周囲からの見られ方も変わる。

サラリーマン社会では「全員に好かれる」は不可能

若い頃は、全員に好かれようとしてしまう。

嫌われたくない。
空気を悪くしたくない。
敵を作りたくない。

その気持ちはよくわかる。

しかし、会社という組織では、全員に好かれることはほぼ不可能だ。

誰かにとって正しいことは、別の誰かにとって不都合だったりする。

だからこそ、「全員にいい顔をする」方向へ進みすぎると、逆に誰からも深く信頼されなくなる。

むしろ、

「この人はこういう考えなんだな」

と理解される人の方が、人間関係は安定する。

もちろん、言い方は大事だ。
ケンカ腰になる必要はない。

だが、自分の考えをゼロにしてまで周囲に合わせ続けると、最終的に自分自身が苦しくなる。

サラリーマン社会で大事なのは、“敵をゼロにすること”ではなく、“信用してくれる人を少しずつ増やすこと”なのかもしれない。

信用されるサラリーマンとは

私は、二枚舌三枚舌が完全に悪だとは思わない。

会社で生きていく以上、ある程度の処世術は必要だ。

場を丸く収めるために、言葉を選ぶこともある。
本音を全部ぶつければいいわけでもない。

私自身、気づけば周囲に合わせている瞬間はある。

ただ、最終的には「どこへ向かいたいのか」が大事だと思う。

自分の考える方向へ、周囲が少しでも前向きに進んでいくのであれば、時には柔軟に立ち回ることも必要なのかもしれない。

しかし、その中でも忘れてはいけないのは、“芯”だ。

芯のない二枚舌は、ただの八方美人になる。
芯のある柔軟性は、「調整力」になる。

似ているようで、まったく違う。

サラリーマン生活は長い。

だからこそ、一時的に得をする立ち回りよりも、長く信用される人間を目指した方が、結果的に生きやすくなる。

誰にでもいい顔をするより、
「この人は信用できる」と思われる方が、人生はずっと楽になる。

自分の意思を完全に貫けなくてもいい。

ただ、自分が何を大切にしたいのかだけは、見失わずに働いていきたい。

一度でいいから「私は違います」と言ってみてほしい

最後に、これは一度経験してみてほしいことがあります。

周りの人と意見が合わない時、
空気に合わせるのではなく、

「私は少し意見が違います」

と、勇気を出して言ってみてほしいです。

最初は怖いと思います。
反発も来るでしょう。

「空気読めないな」
「面倒なやつだな」

そんな風に思われることもあるかもしれません。

もしかすると、一時的に嫌われることもあるでしょう。

ですが、それでも一度、自分の意思を言葉にしてみてほしいのです。

サラリーマン生活を続けていると、知らないうちに「周りに合わせること」が当たり前になります。

波風を立てない。
目立たない。
空気を壊さない。

それは社会人として大切な能力でもあります。

しかし、それだけを続けていると、自分自身の輪郭が少しずつ薄くなっていきます。

本当はどう思っているのか。
何をしたいのか。
何が嫌なのか。

それすら、自分でわからなくなってしまう人もいます。

私は今まで、いろいろな人を見てきました。

その中で感じるのは、「自分の殻を破れない人」は、なかなか変われないということです。

いつも周囲に合わせる。
嫌われないように生きる。
本音を飲み込む。

その繰り返しでは、人は大きく成長しづらいのかもしれません。

普段はおとなしく、もじもじしている人でもいい。

ただ、ここだけは譲れない。
これは違うと思う。

そう感じた時に、自分の意思を持ち、時には嫌われる覚悟で貫いてみる。

その経験は、きっと自分を変えてくれます。

全員に好かれる必要はありません。

自分の意思を持って発言した経験は、少しずつ「自信」になります。

そして、その小さな積み重ねが、周囲に流されるだけだった自分を変えていく。

私は、人としての成長は、そういう瞬間から始まるのだと思っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました