心は子供、体は大人、その名は貧乏サラリーマン健太郎!

心は子供、体は大人、その名は貧乏サラリーマン健太郎 サラリーマンについて

気がつけば40代。

鏡を見ると、そこには完全におじさんがいます。

若い頃と比べれば髪にも変化が出てきたし、体も疲れやすくなりました。少し無理をすると、次の日どころか数日後まで疲れが残ることもあります。

間違いなく体は歳をとっています。

でも、不思議なことに心はあまり歳をとっていない気がします。

物心がついた頃から、自分の中身はそんなに変わっていないんじゃないかと思うことがあります。

そこで自分にキャッチコピーをつけるなら、

心は子供、体は大人、その名は貧乏サラリーマン健太郎!

こんな感じでしょうか。

もちろん、名探偵コナンの有名なキャッチコピーをもじったものです。

コナンとは逆です。

あちらは頭脳が大人ですが、こちらは体だけが大人になってしまいました。

サラリーマンとして20年以上働き、40代にもなりました。

それでも、いまだに大人とは何なのかよく分かりません。


子供の頃は大人は立派な人だと思っていました

子供の頃、大人はものすごくしっかりした人たちだと思っていました。

仕事をして、お金を稼いで、車を運転して、家族を養っている。

何でも知っていて、何か問題が起きても冷静に解決する。

子供の私から見れば、大人は完成された人間のように見えていました。

自分も20歳、30歳、40歳になれば、自然とそうなるものだと思っていた気がします。

ところが、実際に自分が大人になってみると全然違いました。

大人になったからといって、急に人間が完成するわけではありません。

電車の中でも、大人同士が喧嘩している場面を時々見かけます。

髪を引っ張ったり、叩き合ったり、取っ組み合いになったり。

体が大きくなって力が強くなっただけで、やっていることは子供の喧嘩とあまり変わりません。

会社の中でも似たようなものです。

機嫌が悪くなったり、意地を張ったり、嫉妬したり、怒ったり。

大人だから何でも冷静に判断できるわけではありません。

子供の頃に思い描いていた大人と、実際の大人はかなり違うものでした。


40代サラリーマンになっても大人になった気がしない

私は40代ですが、自分ではいまだに大人になったという感覚がありません。

精神的に幼いだけなのかもしれません。

子供と話していても、自分が保護者というより、たまに友達くらいの感覚になることがあります。

一緒になってくだらないことで笑ったり、遊んだりする。

そんなとき、自分の中身は子供の頃からそれほど変わっていないんじゃないかと思います。

ただし、体だけは確実におじさんです。

ここだけは残酷なくらい時間が流れています。

もちろん、長くサラリーマンをやってきたので経験は増えました。

会社で何か問題が起きても、若い頃ほど慌てなくなりました。

こういうときはこうすればいい。

この人にはこういう話し方をしたほうがいい。

これは今すぐ対応しなくても大丈夫。

そんな経験値は積み上がっています。

だから、大人らしいそぶりはできるようになりました。

でも、それは本当に大人になったのでしょうか。

単純に経験によって、大人っぽい振る舞い方を覚えただけなのかもしれません。

そう考えると、大人ってなんだろうと思います。


大人になっても見ている景色はそれほど変わらない

視力は子供の頃より悪くなりました。

遠くの文字も見えにくくなってきました。

それでも、自分が見ている世界そのものは、子供の頃からそれほど変わっていないように感じます。

赤は今でも赤に見えます。

黄色は黄色です。

青空を見ればきれいだと思うし、大雨が降れば嫌だなと思います。

ただ、同じ景色を見ても、そこから感じるものは少しずつ変わってきました。

その代表が季節です。

子供の頃、桜を見ても特に何とも思いませんでした。

花見なんて、何が楽しいんだろうと思っていました。

花を見ながら大人たちが楽しそうにしている意味が分かりませんでした。

でも今は桜を見ると、春が来たなと思います。

冬が終わって暖かくなる安心感や、新しい季節が始まる感じもします。

金木犀の匂いもそうです。

どこからともなく金木犀の匂いがすると、秋が来たなと思います。

公園の森に入ったときの土や木の匂いを嗅ぐと、子供の頃に遊んでいた記憶が突然蘇ることもあります。

見えているものは同じなのに、そこに自分の人生の記憶がどんどん重なっていく。

もしかしたら、これが歳をとるということなのかもしれません。


後輩が少ないサラリーマンはいつまでたっても若手気分

私が自分の年齢をあまり実感できない理由がもう一つあります。

会社に後輩があまりいないことです。

40代になった今でも、周囲との関係では若手のような立ち位置になることがあります。

40代で若手ってなんなんだ。

自分でもそう思います。

会社に若い人がどんどん入ってきて、自分が教育する立場になっていれば、もっと大人になったという実感があったのかもしれません。

私は人を育てた経験がそれほど多くありません。

自分より上の世代の人たちと一緒に仕事をしている時間が長かったので、自分の中では今でも下っ端感覚が残っています。

会社の年齢構成によって、自分の年齢に対する感覚まで変わるのは面白いものです。

もしかすると、人は年齢だけで大人になるのではなく、誰かを支えたり、誰かに教えたり、責任を引き受けたりしながら、少しずつ大人になっていくのかもしれません。


サラリーマンも無理に立派な大人にならなくていい

昔の私は、大人になれば迷わなくなると思っていました。

40代になれば仕事にも人生にも自信があって、自分の進む方向くらい分かっているものだと思っていました。

実際は全然そんなことはありません。

仕事で迷うこともあります。

このままサラリーマンを続けていていいのかと考えることもあります。

休日になればゴロゴロしたくなるし、面白そうなことがあればやってみたくなります。

子供の頃とそれほど変わっていません。

でも最近は、それでいいんじゃないかと思っています。

体と経験は大人になっていく。

一方で、面白いものを面白いと思ったり、新しいものに興味を持ったり、くだらないことで笑ったりする部分まで大人になる必要はありません。

むしろサラリーマン生活が長くなるほど、そういう子供っぽい部分を残しておくことは大切なのかもしれません。

仕事だけして、家に帰って、寝て、また仕事へ行く。

それだけでは人生が少し寂しい。

40代から新しいことを始めてもいい。

ブログを書いてもいい。

楽器を始めてもいい。

植物を育ててもいい。

昆虫を飼ってもいい。

子供の頃のように、ちょっと気になったものに手を伸ばしてみる。

そんな気持ちは、何歳になっても持っていたいと思います。


心は子供のままでもサラリーマンとして歳を重ねていく

大人とは何なのか。

40代になった今でも答えは分かりません。

もしかすると、完全な大人なんて存在しないのかもしれません。

みんな分からないなりに仕事をして、家族と暮らして、失敗しながら経験を積んでいる。

そして外見だけは着実に歳をとっていきます。

私もこれから50代、60代になっていけば、さらに見た目は変わっていくでしょう。

それでも中身まで全部変える必要はないと思っています。

桜を見て春を感じるようになったように、歳を重ねたから分かることは増やしていきたい。

その一方で、子供のようにくだらないことで笑ったり、新しいことを面白がったりする気持ちは残しておきたい。

大人になることと、子供の心を捨てることは違うはずです。

だから今日も会社では、それなりに大人らしい顔をして仕事をします。

そして心の中では、

心は子供、体は大人、その名は貧乏サラリーマン健太郎!

そんな自分でいいのだと思っています。

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